朝井リョウ『武道館』を読んでアイドルの幸せを願うということについて考えた

 

朝井リョウさんの『武道館』を読んだ。図書館で予約の順番待ちをするのがもどかしくて初めてハードカバーの本を自分で買った。少し前までハードカバーの小説なんて高くて絶対買えなかったのに、大人になった気がしてうれしい。そんなことはどうでもよくて、アイドルファンには読み進めるのがつらく、でも一気読みしなきゃ一度閉じたらもう開けないと思わせるような本だった。カバーを外した本の装丁が、読み終えたあとの目に染みた。

 

アイドルの恋愛が肝ではあるのだけど、生身の、それも思春期の人間がアイドルという偶像でい続けることの違和感が主題だった。アイドルがファンの期待に応えるために行動していること、そうするうちに自分の夢がファンや周りの人の欲望と区別がつかなくなっていくこと、麻痺していた感情が揺り戻される経験、描かれるすべてが現実のアイドルに重なっていった。AKBの握手会の事件とか坊主頭での謝罪動画とか実際のできごともでてくるけれど、それよりも架空の主人公たちの感情の動きに現実味があるように思えたのが不思議だ。

 

うれしかったのは、アイドルの苦悶を通して朝井リョウさんのアイドルへの愛がこれでもかと伝わってきたこと。アイドルを苦しめているものをこんなにたくさん見つけてまとめて、原因を作ってるファンや社会につきつけるなんてこと、才能もそうだけど愛がなくちゃできない。そうだ怒りは愛にもとづく。 

 怒りが態度や言葉として人間の外側に現れたそのとき、その人の器にはもう何も入らなくなっている。つまり、怒るということは、自分の中にある器の許容量や、形をさらけだすということだ。
 キッチンのライトをぱちんと跳ね返す銀のボウルは、半分に割られた知らない惑星のように見える。愛子はその曲線を視線でなぞりながら、いろんな人の器の形を思い浮かべた。
 小さなころ、大切にしていた竹刀を隠したらすごく怒った大地の、器の形。大地の器は、剣道に関する部分だけ、極端に許容量が少ない。剣道のことをからかうと、すぐに怒るのだ。


とか言うのも申し訳ないぐらいわたしなんかよりずっとめっちゃアイドルオタクだった、朝井リョウさん。ダ・ヴィンチでのアイドル好き作家座談会(石田衣良×柚木麻子×朝井リョウ)のテンションと知識量がヲタクでしかない…(褒めてる)

 

 

読んでいて苦しいながらも、どうしても違和感を覚えたこと。本の帯にも書かれていた「本当に、私たちが幸せになることを望んでる?」というメッセージ。アイドルが幸せになることと不幸になる(でいる)ことの両方をファンは望んでいるのではないか・ファンの理想を体現し続けることを要求しているだけなのではないかという批判のこもったメッセージだけど、不幸になるアイドルを観ることにエンターテイメント性を見出さなくなることが良いことなのはもちろんとして、アイドル個人の幸せをファンの多くが望むようになるのは良いことなのだろうか。

 

まず、幸せを願うことがファンとしての理想の姿勢だとはわたしは思わない。幸せでいてくれと思うことだって一種の暴力だ。誰かの幸せなんて見ている側が安心するから勝手に願っているだけだ。幸せになんてそんなほいほいなれるものじゃないのに、そうであってくれと願われるのはどう考えても重たい。

 

それに、幸せを祈るということに伴う無力感は大きい。好きな人のために何もできなくて、ひたすら届かない応援を送り続ける虚しさを朝井リョウさんはどう捉えて消化しているんだろう、と読みながらぼんやり思った。
認知してほしいとかもっとおっぱい見たいとか日本一のアイドルを応援したいとかと違って、他人の幸せに自分が関与できる可能性はとんでもなく低い。それが手の届かないところにいるアイドルという存在であれば、アイドルでいてくれなければファンという無数の集団の内の1を形成する要素にもなれないし、幸せかどうかを確認することすらできない。個人ではなくアイドルとしての幸せにしかファンは関わることができないのだ。なのにアイドルの個人としての幸せを願うなんてこと、本当にできるんだろうか。

 

もうひとつ、今のアイドルはステージに立つ者とそれを観る者の強烈な欲望で成り立っているけれど、幸せになってほしいという欲望は、理想の偶像を押し付けることで満たされている欲望の代替になりえるんだろうか。他人の幸せにどれだけお金を払えるかの問題。ビジネスとして成り立たないとどうしようもないし、ここが一番の問題かもしれない…誰かえらい人いい仕組み考えてください…

 


『武道館』特設サイトからとべる夢眠ねむさんのレビューに、こんな言葉があった。

 私の本業はアイドルである。
 だからだろうか…この物語を「読まないであげて」、そう思ってしまった。いや、読んでもいいんだけど、できれば読まないで欲しい。あ、朝井さんに怒られるかこれ。推薦文だし。でも、同業者として、この物語の子たちの秘密を、頭の中を、守ってあげたくなってしまった。

 

(http://hon.bunshun.jp/articles/-/3616)

 わたしはむしろアイドルにこの本を読まないでほしいと思う。自分の悩みをまとめたものを目の前に差し出されたら、私だったら途方に暮れる。ファンの欲望を全部叶えちゃだめとか、アイドルの自分も特定の誰かに恋してるのも両方自分自身だとか、そんな正しいことを言われて、でも向き合う現実は変わらなくて、何これどうすればいいのって。だって、アイドルが恋愛したらやっぱり叩かれる。最近は恋愛スキャンダルが増えすぎてファンが過剰反応するのにも飽きてきてる風潮はあるけど、叩きがそれほどひどくなくてもファンは離れてしまう。その分ステージで生き残るのは難しくなる。

 

反面、多くの人に読んでほしいと思う。ミリオンセラーになって映画化とかドラマ化とかしちゃって、誰もが目にしたことがあるような作品になればいいと思う。アイドルもこれが当然だとか思ってファンもそういうもんだと受け入れる。そうしてみんなの価値観が早く変わっちゃえばいいと思う。ゆるキャラの中身はおっさんだしアイドルだっておならするしイケメンに恋もするよ!!それでもアイドルは最高だよ!!!

 

どのメンバーも一度はスキャンダル出るのが普通になって、アイドルの恋愛にスクープ価値がなくなればいいなーって、それはそんなに遠い日でもないんじゃないかなって期待してたけど、傷つく人が少なくてすみそうだからこの本をみんなが読む方がいいな。

 

このお話のなかに今のアイドルを取り巻く状況を変える最適解は書いてはいなかったけれど、このお話のようにすべてが変わっていってほしいと願う。